ネコショカ

毎日夜20時更新。ネコショカは猫の書架
雑食系の書評Blogです。なんでも節操なく読んでます
基本ネタバレありなので注意してね

米澤穂信『ふたりの距離の概算』古典部シリーズ五作目


古典部メンバーたちが二年生に!

2010年刊行。『氷菓』『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』『遠まわりする雛』に続く、古典部シリーズの五作目である。

2009年から2010年にかけて、雑誌「野生時代」に連載されていた作品を単行本化に際して加筆修正したもの。

ふたりの距離の概算

文庫版は2012年に登場している。

ふたりの距離の概算 (角川文庫)

ふたりの距離の概算 (角川文庫)

 

あらすじ

二年生に進級した古典部の面々。そこに新一年生の大日向友子が入部希望者として登場するが、本入部直前に彼女は入部の意思を翻してしまう。原因は千反田とのトラブルにあるのではと判断した折木奉太郎は、真相をさぐるべく思索をめぐらす。タイムリミットとなる、神山高校名物のマラソン大会の当日、奉太郎はとある結論に到達する。

折木奉太郎おせっかいをする

恩田陸の『夜のピクニック』は24時間で80キロを歩く衝撃的な学内行事を舞台としていたが、神山高校名物の星ヶ谷杯(マラソン大会)はなんと20キロを走る。各地に伝統的に残っている過酷な学校イベントというものは、軟弱な高校生活を送って来たものにとっては時として想像を超える。自分の通っていた高校に、このようなイベントが存在しなかったことを心から幸福に思う。

さて、本作は千反田えると、新入生大日向友子との間に生じたトラブルを、我らが主人公折木奉太郎が、星ヶ谷杯の当日に「走りながら」解決するアクロバティックな作品である。

登場時の「やらなくてもいいことならやらない。やらなければいけないことなら手短に。」のモットーも、こと千反田のためとなれば揺らぎがちだ。前巻『遠まわりする雛』のもろもろのイベントを経て、奉太郎と千反田の信頼関係は更に深まっており、本巻では千反田による折木家訪問イベントまで発生してしまった。

千反田への恐怖感、嫌悪感を募らせる大日向。この疑念に対して、この一年間の千反田との交流の積み重ねから、「千反田はそんなことはしない」と即断して行動に移す奉太郎の積極性に思わずニヤニヤしてしまう。恋心は人間のポリシーをここまで変えてしまうのである。

部活モノにおける新入生問題

学校を舞台とした作品で、主人公が所属している部活動を物語の中心に据えている作品「部活モノ」と呼ぶとしよう。「部活モノ」は、スポーツ系から文化系まで、非常に扱えるテーマの幅は広い。

「部活モノ」には、他ジャンルには無い明確な特徴がある。

1)一年経過すると、三年生が去っていく
2)新たに一年生が入ってくる

学校を舞台としているのだから、当たり前かもしれないが、これは大きな特徴である。

まず、1)についてだが、「部活モノ」で登場する三年生たちは、得てしてキャラの濃い人物たちであることが多く、圧倒的な実力とリーダーシップを有し、彼らが抜けていくことで、物語内のパワーバランスは大きく変動する。ただ、古典部シリーズは、上級生が存在せず、奉太郎たち一年生のみでスタートしているので、1)については今回はこれ以上言及しない。

今回、問題となるのは2)のケースである。多くの「部活モノ」にとって、新たに登場する一年生たちは、シリーズに慣れ親しんで来た読者にとっては異分子として認識される。彼らのキャラを立てれば、読み手にとってはストレスとなり、キャラを薄めてしまえば、逆に登場させた意味が無くなってしまう。「部活モノ」における、新入生の登場は、長期シリーズにとってけっこう難しい問題なのである。

既刊四作を通じて、古典部シリーズは奉太郎、千反田、里志、摩耶花、この四人の絶妙なバランスで成り立ってきた。そこに、新たな部員を登場させるのは、「部活モノ」のセオリーとはいえ、相当な慎重さが求められてしかるべきであろう。

古典部シリーズの五作目『ふたりの距離の概算』は、新入生登場ネタでまるまる一冊を費やしている。それだけ作者的にとっても、新入生問題は丁寧にケアすべき問題であると認識がなされていたのではないだろうか。

奉太郎の手はどこまで伸びたか

本作では、千反田と大日向の間に生じた誤解を解くために、奉太郎はこれまでに生じていたさまざまな謎の数々を回想していく。製菓研究会の看板問題、千反田お見舞い事件、喫茶店での出来事、これらはメインとなる大日向の抱えている個人的な事情を読み解くのに、少なからず関連してくる。

大日向の問題が「外の問題」であると認識できた瞬間、奉太郎は踏み込むことをためらったはずである。しかし、この一年間を通して積み重ねてきた、千反田や古典部のメンバーたちとの交流が、その先へさらに踏み込む決意をさせたわけである。

本作の終盤で、奉太郎はこのような述懐を残している。

たぶん違うのだ。千反田がさまざまな社交をこなすように、姉貴が世界中を旅するように、手はどこまでも伸びるはず。問題はそうしようと思う意思があるかどうか。

『ふたりの距離の概算』より

そうしようと思う意思があるかどうかという点において、奉太郎は今回間違いなく「手を伸ばした」。きっかけが千反田であったにせよ、奉太郎はまたしても、本来のポリシーから外れて、他者の内面に踏み込んだのである。

とかく人間は、学校なり、会社なり現在の自分が属しているコミュニティの中だけで生きているものと思い込みがちだが、その外には広大な世界が広がっている。外側に目が向けられるかどうかは、当人にその意思があるかどうかで大きく変わってくる。

前巻『遠まわりする雛』では、地域社会の問題点を見据えた将来設計を既に始めている千反田の存在に、強く惹かれ始めた奉太郎の姿が描かれていた。その意味で本巻では、より外へと手を伸ばしていこうとする奉太郎の意思が示された。

本巻『ふたりの距離の概算』の「ふたり」には様々な組み合わせが想定できる。もちろん主としては、大日向と友人や、大日向と千反田の心の距離を推し量ったものだと思われる。ただ、奉太郎と千反田の間の心の距離にも想いを馳せることが出来るのではないだろうか?

 

「古典部」シリーズ既刊の感想はこちらから

シリーズ第一作『氷菓』の感想はこちらから。

シリーズ第二作『愚者のエンドロール』の感想はこちらから。

シリーズ第三作『クドリャフカの順番』の感想はこちらから。

シリーズ第四作『遠まわりする雛』の感想はこちらから。

www.nununi.site