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『本と鍵の季節』米澤穂信 ダブル探偵!二人の男子高生が活躍するミステリ


米澤穂信、二年ぶりの新作だった

集英社の小説誌「小説すばる」に2012年~2018年にかけて掲載されていた作品を加筆修正。更に書下ろし一篇を加えて上梓された作品。

一作目となる「913」は2012年刊行の集英社文庫創刊35周年記念のアンソロジー『いつか、君へ Boys』にも収録されている。もともとはこの企画のために書かれた作品であったようだ。

単行本版は2018年刊行。2016年の古典部シリーズ六作目『いまさら翼といわれても』以降、作品が出ていなかった米澤穂信(よねざわほのぶ)としては二年ぶりの新作であった。

集英社文庫版は2021年に登場。解説は朝宮運河。

本と鍵の季節 (集英社文庫)

本作についての集英社公式ページはこちら。登場人物たちのビジュアルも見られる。

小学館のWebメディア「小説丸」でのレビューはこちら。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

日常の謎系ミステリが好きな方。個性の異なる、二人の男子高生が活躍するミステリを読んでみたい方。米澤穂信作品を読んでみたいけど、どれから読んでいいか悩んでいる方。ビターテイストの学園青春小説を読んでみたい方におススメ。

あらすじ

堀川次郎と松倉詩門は高校二年生。図書委員会に所属し、今日も人気のない図書室で当番をこなしている。彼らが遭遇するさまざまな謎。開けられない金庫。美容院のロッカーをめぐる不思議。誰が学校の窓を割ったのか。自死した生徒が最後に読んでいた本の秘密。そして、松倉が語る「昔話」とは。

男子高校生二人が出会う日常の謎と、その意外な結末を描く、連作短編集。

ココからネタバレ

対照的な二人の高校生が登場

『本と鍵の季節』では二人の男子高校生が登場する。一人は、主人公である堀川次郎(ほりかわじろう)。どちらかと言うと素直なキャラクターでお人よし、周囲からの頼まれ事が多いタイプ。そして、パートナーとなる、松倉詩門(まつくらしもん)は、高身長、イケメン、快活、でもちょっと皮肉屋といったタイプである。

堀川と松倉は、たまたま図書委員となったことで話をするようになる。彼らに持ち込まれる謎を解いていくことで、次第に二人の関係性が深まっていく。

本作の面白いところは、ダブル探偵制を取っている点だろう。堀川と松倉は、それぞれに謎解きにセンスを見せるのだが、一人だけでは謎は解けない。二人それぞれの個性が発揮されて初めて事件が解決する。相互補完の形を取っているのだ。属性の異なる二人は、自分に欠けているものを相手に見出し、やがてお互いを認めるようになっていく。

それでは以下、各編をざっくりとご紹介していこう。

913

初出は「小説すばる」2012年1月号。季節は高校二年の六月。

タイトルはモーリス・ルブランによる「アルセーヌ・ルパン」シリーズの『813』を意識したものなのではないかと思われる。

図書委員の先輩、浦上麻里(うらがみまり)が持ち込んだ謎は、彼女の亡くなった祖父が残した金庫だった。「大人になったらわかる」と言い残した祖父。堀川と松倉は、開かず金庫の番号を当てることが出来るのか。

暗号解読モノである。浦上先輩に好意的な堀川と、懐疑的な松倉。二人のキャラクターの差が早くも出て来ている。金庫の中身に対する、松倉のリアクションが、その後の展開を考えるとちょっぴり意味深長ではある。

ちなみに、手がかりとなる書籍はこちら(全て架空の書籍だ)。

  • 内山和典『日本の観光・世界の観光「旅行代理店」を超えて』
  • 佐藤俊夫『確率論概説』
  • 浮田夏子『はやわかり商法』
  • 狭川信『放牧の今日』

ロックオンロッカー

初出は「小説すばる」2013年8月号。季節は高校二年、夏のはじめ。

とある美容院の友人紹介キャンペーンに乗せられて、堀川は松倉を伴い店を訪れる。そこで二人は店長の不審なリアクションに戸惑う。異様な雰囲気の店内で、その後起きた事件とは……。

古典部シリーズの四作目『遠まわりする雛』収録の「心あたりのある者は」で描かれたような、ちょっとした違和感、謎めいたセリフを元に推理を巡らしていく作品。ハリイ・ケメルマンの『九マイルは遠すぎる』あたりがオマージュ元かな。

なかなか男二人で美容院を訪れることはないと思うが、懐事情の厳しい男子高校生としては、四割引きは見逃せない。その後判明する松倉の事情を考えると、松倉的には行かない選択肢はなかったのだと思う。個人的にはパセリコーラの味が気になる(不味そう)。

犯人に対してあくまでも「傍観」を選択した松倉の反応が気になる。局外者がリスクを冒す必要は無いと判断したのか。犯罪に手を染めた者へのなんらかの感情が発露したのか。それとも不要な正義感への嫌悪だったのか。

金曜に彼は何をしたのか

初出は「小説すばる」2014年11月号。季節は高校二年の七月。期末テスト前。

職員室の窓が割られ、生活指導部の教諭横瀬は、素行不良で知られる生徒、植田昇(うえだしょう)を犯人と決めつける。弟の植田登(うえだのぼる)は、兄の無実を証明しようと、堀川と松倉に相談を持ち掛ける。

古本のレシートや、中華店のサービス券など、雑多に散らばる手がかりの中から、容疑者の無実を証明していく。アリバイ立証系の作品とも言えるだろうか。意外な真犯人と。次第に明らかになっていく、松倉の倫理感の歪み。ほのぼの学園ミステリに思えた本作(って、米澤作品なのでそんなことはありえないのだが)に、次第に不穏なテイストが入り混じってくる。

ない本

初出は「小説すばる」2018年8月号。季節は高校二年の秋。

三年生の香田務(こうだつとむ)が自殺した。その後図書室に、友人を名乗る三年生、長谷川が一冊の本を探して欲しいと頼みにやって来る。それは香田が死の直前に読んだ本で、中には彼の遺言が残されていると言うのだが……。

松倉は人を容易に信じることが出来ない。どうしても疑ってしまう。すぐに人を信じてしまう堀川との決定的な性格の違いが明らかとなるエピソード。「自分のことは笑うしかないだろう」という松倉の台詞も、その後の話を読むといろいろ考えさせられてしまう。

「正しかった」堀川でさえも、長谷川への応対は失敗してしまう。人の心を慮らない、性急な謎の解明が長谷川を深く傷つけてしまったのだ。 

ちなみに落語の「花色木綿(出来心)」はこんなお話。

昔話を聞かせておくれよ

初出は「小説すばる」2018年9、10月号。季節は高校二年の晩秋。

お互いに「昔話」を語ることになった二人。松倉が告げた「昔話」は思いもよらぬ内容だった。偽警官に騙され、ちょっとした額の資産を隠した自営業者。松倉の父親に関わる隠し金の謎。それは本当に存在するのか?そして存在するのであれば、どこに隠されているのか?

本作の肝となるお話。分量的にも掲載二回分ともっとも長いエピソードとなっている。松倉は長年解くことが出来なかった謎を、堀川に相談する。このあたり、松倉にとって堀川は一定の信頼を抱ける相手にはなっていたようだ。堀川は、松倉家の行動記録から、ちょっとした違和感を見つけていく。

何年も前に乗っていた車が、どうして未だに月極の駐車場に停められているのか。松倉は全ての事実を話してはいない。これまでの不穏な伏線の数々と相まって、ザラザラとした砂を噛んだような、後味の悪い終わり方となっている。

友よ知るなかれ

このエピソードのみ、書下ろし作品。季節は「昔話を聞かせておくれよ」の直後である。

「昔話を聞かせておくれよ」で、消化不良となっていた謎についての種明かし篇。これまで吐露されなかった松倉の本音が明かされる。

「金がないなら、首を引っ込めて生きろって?」

「やばいときこそ、いいシャツを着るんだ。わかるか?」

『本と鍵の季節』p291~2より

この松倉の台詞が重い。平穏な人生を歩んできた人間は、現在進行形で過酷な日々を生きている人間の気持ちを理解することは出来ない。それでも、

「どんなに立派なお題目でも、いつか守れなくなる」

と、正論を返せる堀川の善良さが、松倉には眩しくもあり、救いになっていたのかもしれない。

この作品の良いところは、堀川と松倉それぞれが、自分が持っていない個性を持っている相手をリスペクトしている点だろう。だからこそ、堀川の言葉は松倉に届いたのではないかと思いたい。

続編は『栞と毒の季節』?それからドラマ化の話は?

とても気になるところで終わってしまった『本と鍵の季節』だが、作者のTwitterによると続篇の存在が示されている。タイトルの『栞と毒の季節』は仮題とのこと。

それから、文庫版の帯に載っていたNHKでドラマ化の話は結局誤報だったのだろうか?

この帯はもう回収されてしまっているようだけど、印刷されるまで誰も気づかなかったとかアホすぎる。

その他の米澤穂信作品の感想はこちらから

〇古典部シリーズ

『氷菓』/『愚者のエンドロール』/『クドリャフカの順番』/ 『遠回りする雛』/『ふたりの距離の概算』/『いまさら翼といわれても』 / 『米澤穂信と古典部』

〇小市民シリーズ

『春期限定いちごタルト事件』/『夏期限定トロピカルパフェ事件』 『秋期限定栗きんとん事件』/ 『巴里マカロンの謎』

〇その他

『さよなら妖精(新装版)』/『犬はどこだ』/『ボトルネック』/『リカーシブル』 / 『儚い羊たちの祝宴』『追想五断章』『インシテミル』 / 『王とサーカス』  / 『真実の10メートル手前』 / 『本と鍵の季節』