シリーズ後半戦が開幕!瑠璃さんが都に帰って来た
1988年刊行作品。集英社が刊行していた少女向けライトノベル誌「Cobalt」の春の号、夏の号、秋の号、冬の号に掲載されていた作品を文庫化したもの。集英社文庫のコバルトシリーズからの登場(当時はまだコバルト文庫とは呼ばれていなかった)。
ナンバリング的には「3」となっているが、シリーズ的には五冊目。あとがきで作者も書いているが、読む順番的には1→2→アンコール→続アンコール→3とするのが正解。
表紙及び、本文中のイラストは峯村良子によるもの。この巻には「ジャパネスク・ファミリーご紹介」として、冒頭にイラスト付きのキャラクター紹介が書かれている。登場するのは、瑠璃、高彬、守弥、小萩、融、煌姫の六人。以後、これが定番になるのかと思ったら、次の巻ではもうなかった。思えば、謎の試みであった。
1999年には新装版が登場。こちらのイラストは後藤星(ごとうせい)によるもの。現在手に入るのはこちらの版だろう。
あらすじ
あれこれあって都を離れていた瑠璃姫もようやく都に帰還。幼馴染にして許嫁であった高彬とも結婚。晴れて人妻となった。これでめでたしめでたし!とはならず、人妻には人妻の悩みがある。やたらに夫婦生活に介入してくる継母。吉野で出会った謎の男、峯男との再会。高彬の意外な行動。そして瑠璃姫に関心を持つ殿方も現れて……。
ここからネタバレ
人生は結婚したら終わりじゃない
人生において、結婚はひとつの区切りである。さまざまな苦労を乗り越えて、意中の相手と結ばれてめでたしめでたし。ハッピーエンド。だが、人の一生は結婚が終着点ではない。結婚してからも人生は続いていく。むしろ、それからの方が長いのだ。
ようやくにして高彬と結婚(右近少将藤原高彬「室」である!)した瑠璃姫だが、運命は彼女をそう簡単には幸せにしてくれない。まだまだ瑠璃姫には波乱万丈の人生が待っているのである。第三巻<人妻編>では新婚早々の瑠璃姫が、またしても宮中の陰謀に巻き込まれていく前兆が描かれる。
本エピソードで登場する主なキャラクターはこちら。
- 瑠璃(るり)姫:内大臣家の姫。藤原高彬の妻。18歳になった
- 藤原高彬(ふじわらのたかあきら):右大臣家の四男。右近少将。瑠璃姫の夫
- 小萩:瑠璃姫付きの女房。瑠璃姫より2歳年長
- 北の方:瑠璃姫の義理の母親
- 守弥(もりや):右大臣家の家司(けいし)。吉野での名前は峯男(みねお)
- 大江(おおえ):守弥の妹。高彬の乳兄弟で、高彬付きの女房
- 煌姫(あきひめ):先々代の帝の親王水無瀬宮(みなせのみや)の姫君
- 帥の宮(そちのみや):先々代の帝の皇子。藤宮の異母兄
通い婚の微妙な距離感
本作は、瑠璃姫と高彬の結婚(初夜)の一か月後からスタートする。新婚夫婦の蜜月期ではあるが、この時代の貴族は通い婚である。高彬は普段は実家の右大臣家に住んでいて、妻である瑠璃姫が住む内大臣家に通わなければならない。同居はしないのだ。高彬は右大臣の息子で、帝の覚えもめでたいエリート中のエリートなので、あれこれと束縛も多く、繁忙期に入れば妻のもとへ通うことも叶わなくなる。
カップルの間に距離を作るのは物語の王道である。結婚したとはいえ、相手のことを全て理解できているわけではないし、自分の思った通りの行動をしてくれるわけではない。むしろ、これまで見えてこなかった一面も見えてくる。
夫以外の異性へのときめき
吉野での守弥(峯男)との出会いは、瑠璃姫にとって、とても心に残る出来事だった。瑠璃姫にとって、守弥は吉野君の呪縛からふっきれるきっかけを作ってくれた相手(しかもイケメン、イケボである)。ましてや守弥は突然姿を消してしまったので、心残りも多い。守弥には守弥の思惑があって、むしろ高彬と瑠璃姫を別れさせたいだけなのだけど、このミスマッチが面白い。守弥は通常の業務に関しては極めて有能なのだけど、女性に関した問題になると途端にポンコツになるのが良いのだ。
新婚早々なのに他の男にうつつを抜かしていていいの?という、読み手側のツッコミは当然あるのだけど、平安貴族の倫理観はこんなものか?昭和後期~平成初期の倫理観の緩さも反映しているようは気もする。
興味深いの215Pあたりからの『源氏物語』トークに寄せて、氷室冴子の恋愛観が書かれている部分。
人間て、確かにそういう、救いがたい、愚かしいくらいロマンチックな面があるでしょ。
ほんと、<人を好きになるのは神聖なこと>なんて、額に青筋たてて考えるのは、恋に恋している時に思うことかもしれない、なんて人妻の瑠璃は思うわけ。
実際に人を好きになる理由なんて、ほんと、簡単で、単純で、愚かしいくらいばかばかしくて、ほんのちょっとしたきっかけだったりするのよ、きっと。
『なんて素敵にジャパネスク3<人妻編>』p215より
帥の宮登場
やれ脳の病だ、やれ物の怪憑きだと、評判は散々だった瑠璃姫。でも考えてみれば、彼女は屈指の権門である内大臣家の姫なのである。人妻とはいえ、政治的な利用価値は十分にある。結婚前は、ビビッて誰も手を出せずにいたのに、いざ人妻になられてみると、なんだか惜しく思えてくる。内大臣の姫を娶った高彬への羨望の視線。周囲の男たちの掌返しがなんともあざとい。高彬の妬心?過剰なリアクションはちょっと意外にも思えるのだけれど、彼もまだ十代の男子だしなあ。
というわけで、本巻ではまださりげなくではあるが、中盤以降のキーパーソン帥の宮が登場する。瑠璃姫付きの女房早苗を部下に誘惑させ、ひたひたと距離を詰めてくるあたりがなんとも薄気味悪い。今後の展開が気になるところではある。
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